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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1508号 判決 1977年10月27日

控訴人 坪井茂一

右訴訟代理人弁護士 松井一彦

同 落合光雄

同 片桐章典

被控訴人 矢島富士雄

右訴訟代理人弁護士 高橋融

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金七一万円及びこれに対する昭和四四年一〇月二四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その四を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金三六一万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払いずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決一四枚目裏五行目「第一二号証、」の次に「第一三号証、」を挿入し、同末行「第一五六」を「第一五五」に改め、一五枚目表三行目「乙第一号証の一・二」の「・二」を削り、同四行目「第一五四号証」の前に「第七三ないし第七七号証、」を挿入する。)。

(主張関係)

控訴代理人は、本件損害賠償請求の根拠法条につき、従来主張の民法第七〇九条を商法第二六六条の三第一項に改め、それに伴って次のようにその主張事実を整理要約した。

一  被控訴人は、訴外株式会社富士建匠(以下富士建匠という。)の代表取締役であった。

二  控訴人は、富士建匠に対しマルタン社宅二棟の建築工事(以下本件工事という。)を請負いその工事代金三六一万円の債権を有するものであるが、同会社の倒産により同額の損害を被ったものである。

1  本件工事は、富士建匠が訴外津崎建設株式会社から元請し訴外玉工事株式会社(以下玉工事という。)に下請させたものを、さらに、昭和四二年六月三日玉工事から控訴人が金三九六万円で再下請したものであるが、同年七月二〇日富士建匠の要請で同会社と控訴人間に工事の完成、工事代金の支払いに関し次のような契約(以下直接契約という。)が締結された。

(イ) 請負工事代金は金三九六万円とする。ただし、控訴人は玉工事から既に内金三五万円を受領したことを認める。

(ロ) 富士建匠は控訴人に対し金二〇万円を昭和四二年七月二一日に支払う。控訴人はこれをもって本件工事を完成し、富士建匠に引渡す。

(ハ) 富士建匠は控訴人に対し残金三四一万円を同年八月一五日に支払う。

2  その後、同年七月二五日控訴人は富士建匠から本件工事の追加工事を金二〇万円で請負った。

3  そして、控訴人は同年八月二三日右全工事を完成し、同月三一日富士建匠に引渡した。

4  しかるに、富士建匠は控訴人に対し前記1(ロ)の金二〇万円を支払ったのみで、その余の代金を支払わないまゝ同年一〇月二〇日倒産し、控訴人は未収代金三六一万円相当の損害を被るに至ったものである。

三  ところで、右富士建匠の倒産は、控訴人に対する支払いを免れるために計画的になされたものである。

富士建匠は、昭和四二年七月以降入金は減少の一途をたどっているにもかかわらず、決済能力の優に二倍以上の手形をとくに七、八月にかけて濫発していたのであるから、その代表者たる被控訴人は、遅くとも七月下旬には富士建匠が倒産することを予想していたものというべきであり、したがって被控訴人には支払意思がなかったことは明らかである。

被控訴人は、富士建匠の倒産は玉工事の倒産により同会社に対する貸付金の回収不能になったことが原因であると言うが、玉工事に対する貸付金なるものは被控訴人の捏造にかかるものである。

仮に、玉工事に対する貸付金が現実に存在するとしても、昭和四二年七月二〇日当時すでに玉工事の経営状態は悪化していたものであるから、富士建匠の代表者たる被控訴人としては、同会社に対する貸出については、その額を抑制し、かつ、債権保全策を講ずべきであった。それにも拘らず被控訴人は敢えてこれを看過し、そのような保全策を講ずることなく漫然と多額の貸出を重ね、偶々同会社に割引を依頼したかまたは融通した富士建匠振出の手形の回収が不能となるやこれを口実に富士建匠を意図的に倒産させたものである。

四  よって、被控訴人は商法二六六条の三第一項に基づき、控訴人の被った損害を賠償する責任がある。

被控訴代理人は、従来の主張に反する控訴人主張事実は否認すると述べた。

(証拠関係)《省略》

理由

一  中間の争いについての当裁判所の判断は、原判決が一六枚目表二行目から同一八枚目表一行目までに説示するところと同一であるからこれを引用する。

二  被控訴人が富士建匠の代表取締役であったこと、富士建匠が昭和四二年一〇月二〇日倒産したこと、は当事者間に争いがない。

三  控訴人は富士建匠に対し本件工事代金三六一万円の債権を有すると主張するのに対し、被控訴人はこれを争うので、以下争点を追って考察を進めることとする。

1  本件工事は、富士建匠が訴外津崎建設株式会社から元請し訴外玉工事に下請させたものを、さらに控訴人が金三九六万円で再下請したものであるが、その後昭和四二年七月二〇日富士建匠と控訴人間に控訴人主張の直接契約が締結せられたこと、右直接契約において、(イ)請負工事代金は金三九六万円とする、ただし控訴人は玉工事から既に内金三五万円を受領していることを認める、(ロ)富士建匠は控訴人に対し金二〇万円を昭和四二年七月二一日に支払う、控訴人はこれをもって本件工事を完成し富士建匠に引渡す、(ハ)富士建匠は控訴人に対し残金三四一万円を同年八月一五日支払う旨約定されたこと、その後同年七月二五日控訴人は富士建匠から本件工事の追加工事を金二〇万円で請負ったこと、そして控訴人は本件工事を全部完成して同月三一日これを富士建匠に引渡したこと、しかるに富士建匠が控訴人に支払った工事代金は、前記約定(ロ)の金二〇万円のみで残額金三六一万円が未払いであること、は当事者間に争いがない。

2  ところで、被控訴人は、右富士建匠の未払債務は、同会社の玉工事に対する貸金債権のうち控訴人が保証した金三七〇万円と対当額において相殺され消滅したと主張するので、この点について考えてみる。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

控訴人は昭和四二年六月二日玉工事から本件工事を請負代金三九六万円、工期同年七月一七日として請負うにあたり、着工金八〇万円を受取る約であったが、実際に受取った額は金三五万円(前項記載の直接契約の約定(イ)参照)にすぎなかった。

そのため、控訴人は資金に窮し玉工事の古村玉蔵に融資方を依頼した。右依頼を受けた古村は、玉工事としても融通する資力に欠けるところから、昭和四二年七月一三日被控訴人に対し玉工事から控訴人に融通するものであることを説明して玉工事に対する融資方を依頼した。これに対し、被控訴人から手形なら金八〇万円の融資に応じてもよいが、そのためには当日現在で富士建匠から玉工事に対する貸付金が金二九二万七、一〇〇円あるので、今回融通する額八〇万円を含め合計金三七〇万円について下請工事人が玉工事の債務を連帯保証することとの条件をつけられたので、控訴人は同年同月一七日付で右金額につき連帯保証する旨の書面(乙第三号証)を玉工事を通じて差入れ、富士建匠から同会社振出の額面八〇万円の手形(額面五〇万円と三〇万円の二通、満期はいずれも昭和四二年一一月三〇日とするもの)を玉工事経由で交付を受けた。しかし右手形は結局割引がえられず同月一九日控訴人から直接富士建匠に返却された。

被控訴人は、玉工事の資力不足から下請工事人の作業が停滞しているのを促進するため、同月二〇日控訴人との間に前項記述の直接契約を締結した。該契約につき作成せられた合意書(乙第五号証)には、請負工事代金は玉工事を抜きにして直接富士建匠から控訴人に支払うことのほか、「甲(坪井茂一)は乙(富士建匠)に対し先に甲が玉工事の乙に対する債務金三七〇万円也の連帯債務を負っていることをここに確認し、甲は責任をもって右金三七〇万円也の保証債務を誠実に履行することを誓約し、乙はこれを了承した。」(合意書第九項)との条項が記載され、控訴人が同年同月一七日付でなした前記保証契約は今回締結の直接契約に承継されることが合意された。しかし、前述の如く右保証債務額三七〇万円のうち金八〇万円に相当する手形は返却されているので、控訴人の実質保証債務額は金二九〇万円となるものである。

以上の事実が認められ、富士建匠が保証契約を楯に本件工事代金の支払いを拒否しているものであることは控訴人の明らかに争わないところであるから、控訴人の本件工事代金債権は金三六一万円のうち金二九〇万円については相殺により消滅し、金七一万円が残存するにすぎない。

3  控訴人は、直接契約に際し作成された合意書(乙第五号証)第九項の連帯保証条項は、被控訴人の詐術により挿入されたものであると主張し、控訴本人は右主張に沿う供述をするが右供述部分は措信しがたい。却って《証拠省略》によれば、右合意書は成毛由和弁護士事務所において弁護士成毛由和、同伊礼勇吉立会のもとに作成せられたもので、右第九項については、控訴人の懸念に対し被控訴人から「玉工事に発注している工事の代金額(本件工事代金を除く)は、現在のところ貸付金より約一八万円多いから心配はない。」旨の説明がなされ、控訴人は右説明に納得して調印したことが認められる。よって控訴人の本主張は理由がない。

4  控訴人は昭和四二年七月一七日付書面(乙第三号証)により連帯保証した債務は、玉工事を経て控訴人に融通される手形金八〇万円についてのみなされた旨主張するが、前記認定を覆し右主張事実を認めるに足る証拠はない。よってこれまた採用の限りでない。

5  控訴人は、玉工事の被保証債務金二九〇万円は架空か、しからずとするも右は玉工事が請負っている本件以外の工事代金の前渡金を貸金扱いにしたものであるからこれらの工事完成時に請負代金と決済され既に消滅しているものであると主張する。しかし右事実を認めるに足る証拠はない。当審において証人古村玉蔵は右主張に近い供述をするものであるがこれを裏付ける物証の呈示なき以上直ちに措信するをえないものというべく、また、前叙した被控訴人が合意書(乙第五号証)第九項を挿入するに際してなした説明も、これをもって、将来の富士建匠と玉工事との清算に当り玉工事へ支払うべき工事代金は既存の金二九〇万円の債務の弁済に優先的に充当することを約したものとは解しえないから、本主張も採用の限りでない。

6  被控訴人は、直接契約はその後玉工事の知るところとなり、同会社からの抗議により合意解約されたから、富士建匠は控訴人に対し本件工事代金を支払うべき義務はない旨供述するが、右供述は措信できない。けだし、当審における証人古村玉蔵の供述によれば、玉工事としては本件工事より手を引けることを歓迎こそすれ抗議した事実のないことを認めうるからである。

以上縷述したところを要約するに、控訴人の富士建匠に対する債権は金七一万円の限度において現存し、富士建匠は右金員及びこれに対する本件工事完了の翌日である昭和四二年九月一日以降支払いずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものというべきである。

四  控訴人は、富士建匠の倒産は控訴人に対する支払いを免れるため計画的になされたものであるとして、被控訴人に対し商法第二六六条の三第一項の責任を追及するので、以下この点について考察する。

1  控訴人は、直接契約締結当時富士建匠の財政状態は倒産が予想される状態にあったと主張するが、右事実を肯認するに足る証拠はない。この点に関する当裁判所の判断は、原判決が二八枚目表五行目以下二九枚目裏七行目までに説示するところと同一であるからこれを引用する。

2  控訴人は、富士建匠の倒産は玉工事に対する放漫なる貸出を継続したことによる旨主張する。富士建匠倒産の原因が玉工事の倒産により同会社に対する貸付金の回収が不能になったことに在ることは被控訴人の認めるところである。被控訴人の供述によるも、富士建匠の玉工事に対する同会社倒産時(昭和四二年八月三一日)までの貸付額は、同会社への工事発注額が金六八四万〇、二〇六円であるにもかかわらず金一、〇三二万七、二六四円にも達したというのであるから、右貸付は放漫であったとの謗りを免れない。被控訴人は右不良貸付について、当時大阪万国博覧会工事のため職人が払底し、玉工事に代る下請工事人を見つけることが困難であったため、やむえず貸付を継続せざるをえなかった旨弁解するが、かかる事情を考慮に入れても、被控訴人の代表取締役としての責任が免責されるものではない。

そうすれば、被控訴人は商法第二六六条の三第一項に基づく損害賠償として控訴人に対し金七一万円及びこれに対する工事完了の翌日である昭和四二年九月一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべき義務あるものといわねばならない。

五  以上の理由により、控訴人の本訴請求は、金七一万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明白である昭和四四年一〇月二四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるから、右限度においてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 鰍沢健三 長久保武)

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